見えすぎる、知りすぎる

SNSの普及で他人の本音とか、仲間内の悪ふざけとか、知らない人のぶつかり合いとか。目に入る世の中になった。これまでなら目にしなかったこと。つまり、知らなかったことであり、気にしなかったことだ。

見てしまう、知ってしまうとどうしても気になってしまうし、ショックを受けてしまうものなんだと、憂鬱に感じる時も増えた。

見てしまう、知ってしまう。そのことをいい方向に使えたら、考えられたらいいな。とは思う。難しいことではあるが。

ゴルフの打球データとかも、そう。私は数値を見てしまうとどうしても基準値(理想とされている値)や最高値(飛距離結果など)にそれぞれの値を持っていこうとしてしまう。クラブを振る目的が数値の追求になってしまう。

だからあまり数字は見たくない、知りたくない。数字にとらわれてしまうから。

見なくていいこと、知らなくていいこともたくさんある。最近、いろいろなものを見、聞きすることに少々疲れている。癖でスマホを手に取り、開かずに置く。そんな瞬間も増えた。

新芽の黄緑を薄らと感じる林道から空を見上げ「今日は暖かいな」と思った。気温が何度なのか知らなくても、春の近さを、大好きな冬の終わりを感じることはできる。

数字を知らなくても、感じることで対処できる。

 

この記事を書いた人

CLUBER

Cultivator/ Yoshiaki Takanashi
ゴルフの雑誌作りに携わって20余年。独立起業してから5年が過ぎたモノ好き、ゴルフ好き、クラフト好き、信州好きな、とにかく何かを作ってばかりいる人間です。
ポジション・ゼロ株式会社代表/CLUBER BASE TURF & SUPPLY主宰/耕す。発起人
記述は2018年現在