310の答え合わせ

師匠が大事に保管している謎のアンサー310

PING ANSER 310

初めて見るANSER PUTTERだった。

ベースはANSER 3のようだがトゥボリュームがやや大きく、カーボンシャフト装着のせいか少しヘッドが利いているように思えた。

我がクラシックラブ師匠も、こいつの正体がわからないと言っていた。

これまでにネットオークションで3本見かけたことがある、と。

そのうちの2本がここ(師匠のコレクション部屋)にあるのが、とりあえずすごいと思ったが😅

グリーンのシャフトラベルが付いていたので、これは日本市場用というのは想像できたけれど、85068時代のモノでカーボンシャフト装着ブツしか確認されていない。それ以上の情報はない、とのことだった。

私、ちょっと調べてみた。そして、見つけた。

三越のカタログと思われる冊子の断片。

日本語で書かれたパターのカタログ。その断片だ。

三越310年記念モデル と書いてあった。そこでピンっ!と来た。

三越デパートとPINGの関係は、1967年8月11日に遡る。この日、カーステン・ソルハイムがパターを携え、アポなしで三越本店に現れたところから物語ははじまる。当時応対した犬塚寿一さんによれば、カーステンはアンサーのデールヘッドを手に、ヒール・トゥ・バランスの優位性を述べ「よろしければ、お取り扱いください」と静かに言ったという。三越側もヘンテコなパターだとは思ったが、カーステンの熱意に絆され、取り扱いを即決したという。その突然の商談が、“とてもいい時間だった”、そう感じられたというのである。

1967年8月11日。それが日本における、ANSER上陸の記念日になったのだ。ちなみにPING ANSERの完成は1966年である。カーステンはその翌年にはいち早く来日し、たった一人で営業活動をしていたわけである。

雑誌Choiceで取材した際、犬塚氏から見せていただいたカーステン・ソルハイムの名刺。67年8月11日と交換日のメモがある。

三越は1673年創業とされる。その310周年記念となれば、1983年、あるいはその翌年がこのANSER310の発売ということになるだろう。

希代の名器、ANSER にこうした専用ナンバーを刻んで別モデルのようにして提供する。世界的に見ても類をみないサービスである。そこにカーステンの三越に対する思い、感謝の念を感じずにはいられない。まだANSERが醜いアヒルの子同然だった60年代の後半に、その優位性を認め取引を快諾してくれたパートナーへの愛情。

PING ANSER 310

PINGマニアでさえも知らない、レアすぎるANSERは、設計者から贈られた日本への“感謝の印”であった。ファミリーを何よりも大切にするカーステンさんらしい最高のギフト。

それがこのパターについて私がたどり着いた、“答え”、である。

 

 

 

 

この記事を書いた人

アバター

CLUBER

Cultivator/ Yoshiaki Takanashi
ゴルフの雑誌作りに携わって20余年。独立起業してから5年が過ぎたモノ好き、ゴルフ好き、クラフト好き、信州好きな、とにかく何かを作ってばかりいる人間です。
ポジション・ゼロ株式会社代表/CLUBER BASE TURF & SUPPLY主宰/耕す。発起人
記述は2018年現在