発想と手法

1933 Wiison SARAZEN TRAINING CLUB

米国におけるゴルフ用品メーカーの御三家といえば、マグレガー・スポルディング・ウイルソンの時代が長かった。今はタイトリスト・テーラーメイド・ピン・キャロウェイゴルフが新御三家(四家)といったところだろうか。80年代の終わりまでは、確実に旧御三家の時代だった。

旧御三家の立ち位置は、アスリートに支持される伝統的なマグレガー、先進技術で驚きの新クラブを生み出すウイルソン、品質もよく価格もお求めやすいスポルディングって感じだったと、当時米国ゴルフ用品を日本に出荷する事業に従事していた人から聞いた。マグレガーは一般アマにとっては難しい道具。お金があってやさしさを求める人はウイルソンが好きだったらしい。

確かに、古いウイルソンのカタログを見ているとものすごく“新しい”。1933年のカタログに「ジーン・サラゼン サンドアイアン」が載っているが、これがいわゆる「サンドウェッジ」の始まり。砂に潜りにくい特別なラジアスソールを採用したモデルだった。プレーヤーのテクニックではなく、道具の性能で打球結果をよくしたい。そのためには? という観点から次々と“新発想”のクラブが生み出されたのだ。

「ジーン・サラゼン サンドアイアン」の隣りには、「SARAZEN TRAINING CLUB」というのもある。これはソールにウェイトパーツポートがあり、ディスクウェイトの枚数を増減することでヘッドの重さを変えられるというもの。実際にボールも打てるし、トレーニングにもなるという画期的なモノ。ウェイト可変ヘッドのハシリともいえる。

1939 Wilson KLEERSITE IRONS

PING EYE2(1982年)のようなトップラインをもったアイアンも1939年にある。狙いはヒール部のフラットな面(パーエリア)を短くすることで、打点とSSを一致させる。ソールヒールサイドの接地面をカットすることで地面抵抗を少なくするという目的があるようだ。

1940 Wilson RL500 OFF-SET IRONS

今だったらオフセットの理由を“つかまりアップのため”と表現するのかもしれないが、40年代のオフセット理由はシャフト軸線上でボールを捉えることにあったようだ。わかりやすい図解。とても82年前とは思えない。

1935 Wilson HELEN HICKS PERSONAL

トゥ部にボリュームと鉛を仕込んだOGG-MENTEDアイアンシリーズは1930年代初めのもの。オッジという物理学博士のアイデアでトゥ部に加重し、長くて重たいヒールとのバランスを取った“トゥ&ヒールバランス”の元祖ともいえるものだ。ピンのアイ2が出る49年前のモデルである。

1948 STRATA-BLOC

STRATAブロック、いわゆる合板素材でヘッドを作る。5年間水に漬けても縮んだり、膨張したりしなかったというテスト結果を全面に出して、均一で耐久性のある新素材をアピールした。図解で手のひらに合板を載せた絵があるが、このブロックの左がネック、右がヘッドのトゥ先にあたる。一枚の合板をヘッドの形状に曲げてから削り出していく一体成形。これによって抜群のフィーリングも得られると説明されていた。

1935 Wilson HELEN HICKS FORM MATCHED CLUB

背丈の違うゴルファーに合わせてヘッドの仕様や長さを変えたレディースアイアンを発売。バックフェースに異なる印「!」をつけて選びやすくしている。1935年にすでにフィッティングという発想があり、それ用のクラブまである。しかも、レディースだ。

ボブ・マンドレラ氏と筆者

20年くらい前、ウイルソンの伝説的クラフトマン ボブ・マンドレラ氏(デザインド・バイ・アーノルドパーマーパターやダイナパワードアイアンシリーズなどを手がけた職人)にインタビューしたことがある。すでに一線を退いていたRM氏に、現在のゴルフクラブ開発についてどう思うか?と質問したところ次のような答えが返ってきた。

「今のエンジニアは可哀想に思う。なぜなら、いいアイデアだと思うようなことはすでに多くの先人たちの手によって試されているものだからだ。新発想というものはどんどん生まれにくくなっている。今、新発想と思えるものはたいてい新しい手法なのです」

新しい発想なのか、新しい手法なのか。当時、嬉々として最新クラブの取材をしていた若輩編集者にとっては、非常に重たく面食らう返答だった。新しいテクノロジーで何を達成したいのか? それを最大の関心事として考えていくと、なるほど最新技術のほとんどは、同じゴールに向かって効率よく進むための新しい手段ということになってしまう。新発想というなら、目的(ゴール)そのものが従来と違うものにならなければならない。そんな気がしたのだ。

たとえば、飛びの三要素(高初速・適正スピン・適正バックスピン)のいずれかを理想に近づけていくための新技術は、新しい方法といった方が正しく思えた。飛びの三要素のバランスを整えれば、もっと遠くへ飛ばせるという発想自体は同じだからである。

取材から20年経って今思うことは、今のエンジニアに発想力がないのではなく、使い手である我々ゴルファー自体が、そもそも柔軟な発想力を失っているのではないかということだ。より遠くへ、簡単にボールを飛ばすことができるクラブ、それだけが望みとなっているのではないだろうか。望み(ゴール)が同じなら、そこに近づくための新手法しか生まれないのも当然だ。

今は多様化の時代と言われるが、ゴルファーニーズはあまり多様化していない。ゴルフクラブのバリエーションを見ているとそんな風に見える。

 

 

この記事を書いた人

CLUBER

Cultivator/ Yoshiaki Takanashi
ゴルフの雑誌作りに携わって20余年。独立起業してから5年が過ぎたモノ好き、ゴルフ好き、クラフト好き、信州好きな、とにかく何かを作ってばかりいる人間です。
ポジション・ゼロ株式会社代表/CLUBER BASE TURF & SUPPLY主宰/耕す。発起人
記述は2018年現在