
ボールと同じ大きさで、小さくて、真円で、中空でもなくて、慣性モーメントも極小で、ロフトもついていない。
そんなパターなんて「難しい」と思っていた。転がりだって「悪い」と思っていた。
だって、今の優れたパターは全部これの逆方向にあるからだ。

でも、「プリドーン」パターの制作がとんとんと進み、思った以上のクオリティで完成。そして毎日、この極小パターでボールを転がす日々。その中で生まれた感慨はどうしたらいいのだろう。
「このパター最高じゃないか」。
頭じゃなく、打ってしみじみ感じている気持ち。そう、感想ではなく感慨。
なんでも打たずに終わらせてはいけない。頭で考えて評価を決めてはいけない。それは最新モデルについても同じ。「プリドーン」が教えてくれたのは「自分打って、いいかどうか判断しろよ」ということだ。人の感想じゃない、自分で打って否応なしに感じられたことこそ、信じられる。
これは「美しいと思うものが美しい」という、民藝の精神にも似ている。
