
2008年の高反発規制を前に、R&Aに行ってゴルフルールに関する取材をしたことがあります。当時、ツアープレーヤーの飛び過ぎ問題については米国(USGA)がその歯止めをかけるのに躍起で、スコットランドはそれに同調しているに過ぎない感じでした。なぜなら、1日の中に四季があると言われるスコッティッシュウェザーでは、追い風でパー5をショートアイアンで2オンできる日(時間)もあれば、猛烈なアゲで3回ナイスショットを重ねてもグリーンに届かない日もあるからです。だから「高反発のクラブが直ちに問題になるとは思っていない」と担当者は答えたのです。結局、気候のある程度安定した米国だから、一定以上の飛距離がゴルフスコアに影響する確率が高くなるということです。
では、「問題だ!」と思っていないスコットランドが、なぜ規制に同調したのでしょうか?
そこにゴルフルールの本質が隠されていました。R&Aのルール責任者は私が「プロの飛距離が問題なのであれば、プロとアマのルールを分けたらどうでしょう?」と軽く話題を振った時に、逆にこう質問してきたのです。
「あなたはゴルフの伝統とは何だと思いますか?」
さて、皆さんならどう答えるでしょうか。

私が答えを出しあぐねていると、彼はこう言いました。
「それは数百年間、たった一つのルールの下で親しまれてきたということです」
彼は明言こそしませんでしたが、R&Aが問題視しなくても強硬な米国側は「それなら米国・カナダは規制する方向でやるぞ!」と言い出しかねなかったのだと思います。つまり、放っておけばダブルスタンダードとなってしまう。ゴルフの伝統がワンルールで行われてきたことだとするならば、これは絶対に避けなければならなかった事態でしょう。
インタビュー中はそんなことのためにルールを変えたのか…と半ば呆れ果てていたのですが、帰国し原稿を書いている時に気がついたことがありました。それは「ゴルフのゼネラルルールは絶対ではない」ということです。
ゼネラルルールを基本にしながら、それぞれの競技やゴルフコミュニティでローカルルールを決めて楽しめばいい。だから、R&Aの担当者はアマ向け、プロ向けなどというルールを総本山が作る必要性を感じないと、逆質問で答えたのです。
何がいいたいか。それはゴルフルールをどの程度遵守するのかは、我々ゴルファー一人一人に委ねられている、ということです。
たとえば「このコンペでは高反発クラブの使用をOKとします」という特別競技規則を作っておき、事前に参加者に周知していたならば、ゼネラルルールで違反とされているクラブを使用したとしても何も問題ないわけです。逆にゼネラルルール遵守のコンペであっても「私は高反発クラブを使用するので成績に含めないでください」といえば、ラウンド自体を楽しむことができます。ルールを知った上で、環境や自分のゴルフ観に即して適切に運用していく。それが「ゴルフルールの伝統」であると気がついたのです。
ゴルフのルールは、交通規則とは違うのです。憲法でもありません。互いに安全にスムーズにラウンドするために、独自ルールを加える「裁量」がそもそも与えられている。勝手にではなく、コンセンサスを得た上で。私はそのことに気づいてから、だいぶ楽になった気がします。
いま開発中の真円ヘッドの「プリドーン」も、まだルール適合の確認をとっていないのでこれで競技に出ようとは思いません(そもそも競技に出ませんが)。たった1組のコンペであっても順位が付くならば、他のプレーヤーが「そのパターは認めない」と言えば、他のパターにするか、あるいは私は順位に含めないでいいですと宣言するでしょう(コンペにも出ないのでその心配も実はありません)。
もちろん、ゴルフのルールは適切に運用するために知っておかなければなりません。競技に出ないからルールなんか関係ない!ではないのです。なぜならこれは競技のルールではなく「ゴルフのルール」だからです。不特定多数の人たちが同じフィールド内で、安全にスムーズにプレーするために、ゼネラルルールはあるのです。
競技に出ないから、などとアマチュアが言っている限り、アマチュア向けのルールなど作られるはずがない。そんなふうに記事の終わりに書いたことを思い出します。作っても守られないルールなどゴルフの総本山が作るわけがないのです。
しかしながら、ルール関係ないと言いつつ「違反クラブ」を使っている人を見ると過度な反応を示す人は多いですね。ルールに適合していないことを知っていることが大事で、適切に対処した上で使用することは別に「悪」ではないはず。もっと気楽に、ゴルフを楽しめるようになるといいなと思います。
