昨年、仲間がこの世を去った。
写真を「写す」とはなんなのか、
そんなことをボッと考えてみた。
フィルムの時代に写真を覚え、
仕事として始めるようになった。
重いカメラを持ち露出を計り、
レリーズでシャッターを静かに押した。
大事にフィルムを持ち帰り、
写っているものがどういうものか。
ワクワクドキドキした。
フィルムを現像し印画紙に定着させる。
そこから浮かび上がる画像に、
愛おしさを感じた。
今ではデジタルカメラになり
その場で画像を確認でき、
失敗はなくなり、
写真は誰にでも写せるものになった。
しかし便利さと引き換えに、
写らなくなった大切な「何か」が、
またあるように思えてならない。
物事の本質とか美しさはその陰の部分に、
あるいはその前後の時空の中に。
ひっそりとあるのではないかと思っている。
写真には、その風景や人や物が発する
「気」のようなものを受け取り、
肉眼では見えない「何か」を写し撮る力も
またあるのではないか。
そしてそれを定着できた時、
初めて現実を超えた力や美しさが
写真に「写る」のではないか。
僕の写真に、
その種の気配があるかはわからないが、
少なくともそうした想いを持って
写真を撮り続けたいと思う。