私が最も強く印象に残ったイリー・キャロウェイ氏の言葉、それは ”Make a Story”<語るべきもの、ストーリーを創る>というものです。なぜ、この言葉が強い印象を受けたかといえば、私がPR(Public Relations)を担当していたからで、そこに明確なPR活動のやるべきもの、コンセプトを感じたからです。
彼はこの言葉の説明を「優れた製品を成功させるには唯一、最初のステップが肝心だ。それは、厳しいビジネス環境や市場の中で競合他社に競り勝ち、市場でアドバンテージを取るには顧客にとって興味深いストーリーを持ち、それを伝えることだ。それは製品であっても、販売の方法であっても、技術であっても製品のバックグランドとして輝くものであればあるほど、顧客は興味を示し、競合する製品の中からそれを選択し購入するだろう。価格競争や広告宣伝活動から離れた別の次元でビジネスを展開できるからだ。それだけに、戦略的にも強力なストーリーを作り出す必要がある」と表現しSTORYの必要性を社員に解いていたのです。
代表的な具体例はキャロウェイゴルフの代名詞ともなった”Big Bertha”というドライバーに関わるSTORYなのです。そして“Big Bertha”という名前の付いたドライバーは世界的な大ヒットとなりキャロウェイゴルフの名前を一躍有名にしたのです。
キャロウェイ氏は広告宣伝費も販売促進費も大手メーカーに比べたらほとんどないような小さなメーカーが開発した画期的なドライバーが市場で評価されるには最初に大きなインパクトが必要と考えていました。いかにして幾つもの競合他社の新製品の中からキャロウェイのクラブを最初に手に取ってもらい、試してもらうことができるだろうか、と考えた中で、一度聞いたら強く印象に残る名前で、そこには興味を掻き立てられるようなSTORYを持つ名前を新製品につけようと。そして顧客がそのクラブを手に取り、試打することで製品の良さが明らかに優れていることが分かってもらえると考えたのです。
そのような名前があるだろうか?
ゴルフはある意味ゲームという戦いです。戦いを有利に進めるには優れた武器を持っていれば大きなアドバンテージを持って戦うことができます。そのような視点で新製品には武器の名前がふさわしいと考え大学の図書館に行って探し始めたのです。
「より正確に、遠くに打つことができるもの」歴史的に見て当時としては画期的な大砲の名前を探したのです。そして、”Big Bertha”という名前にたどりついたのです。
それは第1時世界大戦時ドイツ軍が開発した巨大な大砲でこの大砲は宇宙空間に砲弾を打ち上げドイツ領内から遠くフランスのパリまで射程距離を大幅に伸ばすことのできる優れたものでした。
この大砲の性能は当時としてはずば抜けたもので第2次世界大戦後期にやはりドイツ軍が開発した弾道ミサイルV1が出現するまでその記録は破られなかったほどのものです。その大砲の砲身は26mもある巨大なもので、これを開発した会社はクルッペ社でその社長夫人の名前がBerthaであったことからドイツ軍はどでかい大砲の愛称として”Big Bertha”という名前で呼んでいたのです。
キャロウェイ氏はこの事実を知り、自社の画期的となるであろう新製品のドライバーの名前を”Big Bertha”と決めたのです。 そして、ゴルフクラブではありえないような名前を戦略的に使うことで新製品の認知度を一気に高め効果的なスタートダッシュを図ろうと考えていたのです。
開発途中から”Big Bertha”という刻印が試作品に付けられていたのですが、ほとんどの社員は発売時にはもっと斬新でスマートな名前が付けられると見ていたのです。なぜなら“Bertha”とは女性の名前で、Big Berthaはさしずめ「太っちょバーサ」ともいうべき名前でこれを最新のゴルフクラブにつけることは普通ではあり得ないことだからです。あの著名なインストラクターのデビット・レッドベター氏も「最初はおもちゃの名前かと思った」そのくらいのゴルフクラブにはふさわしくないような名前だったからです。社員とすればなおさらですね。
しかし、これだけではまだSTORYとしては前書きの部分です。彼はSTORYの続きを2番目の戦略として次のことを実行に移したのです。
それは、ぼとんど完成のレベルに達したプロトタイプのドライバーを、著名なゴルフコースのプロ達およそ100名に送ったのです。次のような内容の手紙を添えて。
「我々はキャロウェイゴルフという小さなメーカーですが画期的なドライバーを開発しました。それをお届けします。このクラブは未だ小さな改良点があるかもしれません。打っていただきどこをどのようにしたらより良くなるのかご意見をいただきたいのです。それらを参考にしてより完成度の高い製品として作り上げお届けいたします」と。プロのレベルであれば打てばすぐその良さに気づくだろう、そしてコースのメンバーたちに打たせるだろう。それを打ったゴルファーは「Wow,こんなドライバー待っていたんだ。いつ出るの、予約するから入ったら連絡頼むね」という言葉が出ることを予測していたのです。そして、試打をした人たちの口から「キャロウェイゴルフというメーカーから“Big Bertha”という変な名前のドライバーが発売されるらしい。もう予約してあるけど、これ絶対にお勧めだよ」という口コミ、噂を発売前から作りたかったのです。そのためにあえて発売前からリスクを冒してまでもクラブプロに送ったのです。発売前の製品が巷に限定された形でも流れることは競合他社に製品情報を知らせるようなものだからです。しかし、それでもあえてやったのは技術的に他ではできないことを見越してのことだったからです。
発売した直後からゴルファーはショップに駆け込み名前を間違えることなく“Big Bertha”というドライバーをこぞって買い求めたのです。ゴルフクラブにありえない名前は瞬く間にゴルファーには最新の武器(ドライバー)となったのです。
これがキャロウェイ氏の考えるSTORYなのです。強烈なPR活動だったと思います。
本田宗一郎氏はこの部分はどうだったのでしょうか。私はやはり製品に付けられた名前“DREAM”がホンダ流”Make a STORY”と同じだと思っています。
日本でも小さなバイクメーカーが世界を目指すには世界一を取ることが最も効果的な製品のアピールになると考えたのです。
イギリスのマン島で開催される世界選手権に何度も挑み続け、とうとう優勝するところまでバイクを完成させたのです。会社の台所は火の車だというのに。しかし、このニュースは世界中に配信されホンダのバイクの優秀さが認められ、世界に羽ばたくきっかけになったのです。
まさに追い求めた”DREAM”で、バイクに付けられたマークはウィング、翼からもその想いがわかるような気がします。STORYは自ら創るもので、結果として残るものではないことが先輩たちの行動を見てよくわかるのです。
「開拓精神によって自ら新しい世界に挑み、失敗・反省・勇気という三つの道具を繰り返して使うことによってのみ、最後の成功という結果に達することができる」という本田氏の言葉があるのですが、これもまさに”Make a STORY”なのではないかと思います。
ビジネスにおけるSTORY、あるかないかでは大きな違いがありますね。成功者は目標達成の方法をイメージとして明確に持っていて、それをどのようなやり方で具現化していくことを信じて行動する人たちです。