
西暦に0年はないそうである。1BC(Before Christ)かAD1(Anno Domini)。ずっとBUTUGUと呼んできたこのパターの名前をどうしようかなと思った時に浮かんだのが、Episode.0(zero)という言葉だった。パターの進化(エピソード)が始まる前の無作為、無秩序な状態がこのパターヘッドなのではないかと思ったからだ。

現在のパターが誕生から何年にあたるのかはわからないが、こうすればこうなる、こうなったからこうしようという膨大なエピソード(試行錯誤)を積み重ねて、ここに至っているわけである。かつてウイルソン デザインド・バイ アーノルド・パーマーを作り出した名匠、ボブ(ロバート)・マンドレラ氏がこう言っていた。
「現代のエンジニアは可哀想だ。なぜなら、これは新しい!と思いつくもののほとんどを自分も含めた先人がやってきてしまっているからさ。新製法は生まれても、新発想というものはなかなか生み出せないんだよ」
そう、パッティングを向上させるためにどのようにすべきか? 意志と意図によって様々なカタチや重さ、素材が試されてきた。その最先端にいる我々にとって、PING ANSERはスタンダードであり、マレットに対してこれをブレードタイプと呼ぶブランドさえある。しかし、1960年代中盤にカーステンがこのパターを世に示した時、多くのゴルファーはANSERを構えにくい、醜いアヒルの子と揶揄した。当時のスタンダードは「8802(デザインドバイ・パーマー型)」や「BULLS EYE」だったからだ。カーステンはパーマー型キラーとして、ANSERの開発に没頭したのだ。これは新発想だった。
スタンダードを超える、もっとよいものを。そうやってどんどんパターは変化してきた。そして、首尾良くゴルファーの認知を得たものが新しいスタンダードとなっていく。そうやってパターにまつわるエピソードは積み重なっていくのである。

GSSの塊であるこのパターヘッドを見ていると、エピソード(進化)が始まる前の静けさを感じる。これを手にしたゴルファーが何かを感じ「こうしたい」「こうすれば」「もっとよくなる!」とエピソードを紡いでいく。そんな情景が浮かぶからだ。おそらく、ルールさえもこういうものから考えられていく。「これはいい」「これはダメ」だと。

真円パターの開発を始めるきっかけであり、BUTUGU(仏具)というコードネームの元になった真鍮製のヘッドはすでにシャフトを外し引き出しにしまってある。今やっている真円パターからみればこの塊さえも、フラットトップにするという意図をもって作られている。それによって重心は下がり、ヘッドにわずかに意志(癖)が生まれているように感じるのだ。
大事にしたいのはなるべく意図した動きが発生しない「静かな状態」である。ここから自分にとって何が必要なのか? 考えていけばいいと思う。まだ、何も始まってはいない。夜でもない朝でもない、そんな一瞬。パーマーでもカーステンでも、ジョン・ルーターJr.でも、スクネクタディでもない、一本。
だから、このパターの正式な名前はCLUBER BASE「PREDAWN(プリドーン)」とすることにした。とくにヘッドに刻むことはない、感じるための名前である。
