
昔、北の国に住む人たちを題材にしたドラマの中で、「誠意って何かね?」というセリフがあったけれど、今、私の頭の中ではそれと同じトーンで、「シンプルって何かね?」というセリフがリフレインしている。
アンタはさっきからシンプルだって言ってる。現代のパターからすれば昔のT字型パターはシンプルなのだろう。でも、BUTUGUパターに慣れてしまったこっちの側からは、シンプルにはとれん。「‥シンプルって何かね?」という感じなのである。
塊だった金属を変形・扁平させると、いきなり金属が意志を持ったように感じる。それは先日の投稿にも書いたとおり。変形・扁平させるにはもちろん意味(有益なこと、目的)があるわけだが、BUTUGUパターのようなものからすれば、すべての「デザイン」がシンプルとは感じられなくなってしまう。今まで、スタンダード感のあった定番ヘッドであっても、癖強(くせつよ)に感じられるのだ。
だからダメだと言ってるのではない。
意図をもってデザインされたヘッドには、必ず意志(動きたい方向)が宿っている。それを踏まえつつ我々はボールに向かうべきだと言うことを書いておきたいと思ったのだ。それを簡潔に言うとこうなる。
「どんなクラブにも合わせる・慣れる努力が必要である」
フィッティングしたからと言って、自由にクラブを振り回していいわけではない。ある程度、こちらも道具のことを理解して、道具の意思に沿ったかたちで動かなければならない。「使いこなす」とは、そういうことだ。大きいヘッド、長いクラブほど、道具の意思に合わせることが必要になってくるだろう。
おい、客が帰るぞ。
