過不足ないことが幸せのような気がする、今日この頃。
とくに過ぎてしまうと、目的が変わってしまうのだと気づく。
小さなカップを水で満たそうと一生懸命だったけど。
いつしか水を注ぐことが目的になってしまっている。
でも、躍起になって注いだってなにも変わらない。もう溢れているんだから。
器を大きくすれば注ぎ続けられる?
いや、そもそもなんのために水を注いでいたんだっけ。
落ち着いて、まずはノドを潤そう。
そうすればまた注ぐ余地が生まれる。
溢れさせるよりも、ちょっと足りないくらいのほうがたぶん幸せ。
たぶん、だけど。