
最近、どんなゴルフクラブでもゴルフはできるし、楽しいものだと思っている。それは頑張らないと達成できない飛距離的な向上を求めることをしていないからだ。
「この番手は何ヤードくらい飛ぶ」ということがわかっていれば、どんな道具でも実はあまり結果は変わらない。うまく打てたか打てなかったか。それは自分自身のバラつきやライコンディションによっても必ず起こる。道具が動きすぎるものでなければ、自分のバラつきがそのまま結果に反映されるだけなので、「あー、やっちゃったか」で納得いくのである。上手くなりたければ「やってしまわないように」自分を変えるしかない。
ゴルフクラブとして「よりシンプルなもの」とは? そんなことを考えていて思い出したのがPRGRの初期のアイアン群だ。マッスルバック(MB)ではなく、フラットバックでステンレス鋳造ヘッドに丁寧にブラストを打ってある。マットな質感で使い込んでいくうちに輪郭だけが拭かれて擦れて光ってくる。ロゴは小さく。モデル名はモデルによってはソールに小さく刻まれるから、バックフェースにはPRGRしかない場合もある。極めてシンプルである。

当時のPRGRは刻印ペイントにも独自の彩色を使っている。黒か白か赤か、金か。ではなく、青でもグレイでもない色を選んでいる。デザイナーが自由に発想した「くすみカラー」だ。

現在のゴルフメーカーは真っ黒いネックセルを付けることに躊躇がないが、90年代まではセルにオリジナリティがあったものである。ライン使いだけでなく、カラーや長さ、テーパーの具合まで。それ込みで構えた瞬間に、あ、BSだ!ホーガンだ!とわかったものである。
久しぶりに初期のPRGRアイアンを眺めていて、シンプルだけどやたらこだわっているなと感心した。一周回って、このシンプルさとデザイン性はこれからの若いゴルファーに好まれるような気がする。
いずれにしても、ゴルフクラブはまた80年代までのように「高価」で財布と相談しながら買い求める贅沢品になりつつある。どうせなら気に入ったものを長く使いたい。そう考えた時に、ヘッドの設計だけでなく、デザインやカラーまで徹頭徹尾こだわり抜いているブランドがあったら魅力だなと思う。そう、草創期のPRGRにあったような独自性こそが今まさに必要なのだ。
細かく言えば、92年製のPRGRアイアンは新溝ルールに照らしたら「アウト」なんだろうと思う。しかし、最近、それがどうしたとも思う。だって今は競技はおろか、小さなコンペにすら参加する気がないのである。また、理論的には現代クラブより、より飛ばないものだし、より許容性が低いものである。そんなものを使って誰に迷惑がかかるだろうか。
でも、実際、こういう古い道具でも十分にゴルフはできるのだ。今の7番より10ヤード飛ばなければ、5番で打てばお釣りがくる。シンプルに。届く番手で打てば届く、のである。理屈上は。
なんで昔のPRGRアイアンなんて引っ張り出してきたの? と聞かれたこう答えるのみだ。
「キャディバッグに入っている姿がかっこいいから」。
あと、3番、4番は一般よりちょっと長めで、ミドルからショートは微妙に短めだったりするところが好きだから。長さも含めて独自に決めればいいじゃないかという気概を感じさせるところがいいのである。
PRGRには、今もそういう開発マインドが残っているような気がする。
