駆け抜けたオトコの写真展。

2018年に急逝したゴルフカメラマンの写真展。

2018年5月11日にこの世を去ったゴルフカメラマン、内田眞樹氏(享年51歳)を追悼する写真展の開催(2会場)が決定した。

2019年1月7日(月)〜1月31日(木)

場所/Bar山崎文庫(港区六本木)

時間/17:00〜翌3:00 ※写真展のみの閲覧も可

2019年2月4日(月)〜2月28日(木)

場所/GDO Golfers LINKS -HANEDA-(羽田空港)

時間/10:00〜20:00

いずれの会場も入場閲覧無料。その他飲食など施設利用の場合は通常会計。

編集部より/cluber追悼文

カメラマン内田眞樹は、周りから見れば破天荒だった。本人は自分の気持ちに正直に生きただけというかもしれない。いや、俺だってたくさん我慢してたよ、と口を尖らせるかもしれない。ともあれ、見た目も若かったし、行動もどこか若かった。撮る写真には工夫があった。彼なりの遊びがあった。彼が自分のアンテナにしたがってゴルフコースの一角に陣取ると、まわりに同業者が一人もいないというパターンも珍しくはなかった。それだけ流れに乗らず、自分で何かを狙っていた証しである。そのおかげでホールインワンなど突発的な出来事の現場に彼だけが居合わせる、ということも多かった。

追悼写真展のポスターに使われている石川遼の写真。この写真が撮られた時のことを回想する石川遼のコメントにも、内田のローンウルフぶりが語られている。

「あれは確かカシオワールドオープン、8番ホールです。歩いている自分を狙っているカメラマンは内田さんしかいなかった。だから、横を通り過ぎる時、シャッターを押すタイミングで思わずピースサインをした。後にも先にもカメラに向かってピースしたのはこの時だけ。内田さんには気を許せる何かがあった」

カメラを向ければ誰にだって写真は撮れるが、いい写真になるかどうかは構図もさることながら、被写体との関係性が重要になる。内田はゴルフカメラマンを始める前にスタジオカメラマンをやっており、モデル撮影、ときにはヌード写真も手がけていたといっていた。被写体をその気にさせる術は、きっと身につけていたはずである。

カメラマンは人のプレーを撮るが、自分のプレーは撮れないものである。だから、手元に残る私が撮った内田眞樹のゴルフシーンをここに載せておきたいと思う。パワフルなスイング。だが、拍子抜けしてしまうほど飛距離は出なかった。飛ばないねぇと茶化すと、「いつもはもっと飛ぶんだ」とムキになった。でも、明らかにショートゲームの人だったと思う。ついに飛んでるところを見たことがなかったから(汗)

久しぶりにスイングをみたが、飛ばそうとしなくたっていいじゃん、いつものようにそう言いたい気分だった。どうせ最後はそこそこでまとめて来るのだから。人生だってきっと、飛ばさなくたってよかったのだ。2007年全英オープンとR&Aの取材にスコットランドに行った時、1日半、ゴルフをする時間を作った。ここに載せた写真はその時のもの。セントアンドリュースのニューコースでの一コマだ。

この次の日、彼と私はクレイルゴルフィングソサエティ・バルコミーコースという、セントアンドリュース湾の突端に展開するリンクスにもプレーに出かけた。世界で7番目に古いコースだと書いてあった。カートを引きながらフェアウェイを進んでいるとすぐに前の組に追いついた。立ち止まって何気なく、緩やかにカーブしている砂浜や、丸くアールを描いて見える水平線、荒涼たる北海を眺めた。あたりにはトドみたいな動物のムームーという鳴き声だけが聞こえていた。フェアウェイに目をやると不規則なマウンドの光と影が縞模様を作っていて恐ろしく綺麗だった。海風も弱く穏やかだった。なんか幸せだなぁと思ったら、自然に涙が出た。

つい、「あ〜、なんか幸せだよねぇ」と言いながら左方向にいた内田眞樹を見ると、なんと彼も泣いており、「だよね」と笑った。その時、あぁ彼は間違いなくゴルファーなんだなって思った。ゴルファーとしての興味、そして視点。それが彼の写真の良さであり、武器だったと確信を持って言える。

どうぞ安らかに、またゴルフしよう。それくらいしか言えない。

いい写真を毎回、ありがとう。

文/Yoshiaki Takanashi

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耕す。編集部

カルチャー創造サイト「耕す。」の編集担当です。お知らせやインフォメーション記事を担当します。